2008年12月 1日 (月)

『なんかヘン』なこと。

一週間ごとにキレイに入れ替わるニュース。
今の月~金で働いて、土日おやすみ…というシステムからすると仕方ないのだろうが、
週末に『今週のニュース』って感じのダイジェストがあったりするが、
それが放映されると、翌月曜からはまたリセットされてしまうような気がしてならない。

正直、スポーツのニュースはどうでもいい。
基本的には単なる結果でしかないから。
どのチームが勝った、誰が優勝した…ってそれだけで、後日談として取り上げるべきものがあるのなら、それこそ後日、別番組でいいわけで。
そこに継続の必要はないから、それでいい。

が。
「そういえば、あの事件ってどうなったんだっけ?」
みたいなニュースがリセットされてしまうのはどうかと思っちゃう。
もちろん次から次へと様々な事件や犯罪が起きたりするので、以前の事件が引き出しの奥のほうに追いやられてしまっても、ある程度は致し方ないことなのだけれど。
でもさ、単なる時系列だけじゃないよねぇ?
引き出しの奥にしまっちゃいけない事件もあるはず。

何の事件のことを言ってるのかと言うと…
『元厚労省次官&その妻 殺傷事件』のこと。
そりゃ、犯人と思しき人物は自首してきた。
だけど…ちょっと謎が多すぎる気がするわけだ。

数十年前に飼っていた犬が保健所で処分されたことを恨んで、という動機だと言うが…
数十年前??? 時間が経ちすぎだ。
どうして年金担当次官がターゲット? 保健所に放火する方がまだ理解できるかも知れない。
仮にも国立大学に入学できる程度の脳みそは持ち合わせているわけだから、その辺りで「知らなかった」とかいうことはなさそうだし。
国立国会図書館で当該元次官の住所を割り出したらしいが、そこまでしたら普通は部署だの担当だのがわかるはずだし、そもそもそれらがわからなければ調べようもないのではなかろうか。
飼い犬が殺された、と言うが、もともと処分を依頼したのは犯人の父親だと言う。
父親は恨んでおらず、ご丁寧に手紙を送っている。
なんかヘン。

十年以上も無職だったとか。
どうやって生計を立ててたのだろう?
家賃を滞納することもなかったそうだ。
100万だか300万だかの借金があるというが、100万はおろか、300万あったって、埼玉のアパートで一人暮らしを10年は続けられない。
なんかヘン。

仕事もせずブラブラしている割にはいい体格をしている。
どう見てもしっかり鍛えたよね?って体つきだ。
まぁ引きこもってる人が体格良くてはいけないって法もないんだけど。

こうして“なんかヘン”を挙げてったらキリがない。
単なる逆恨み殺人ってヤツじゃないでしょ?と思うだけでなく、
もしかしたらヤツは『工作員』だったのではないかと思ってしまうのだ。

外国の、じゃないよ。
日本政府の、だよ。
日本政府にも諜報機関やら秘密警察的なものがあるとかないとか…。
それこそCIA、FBI、KGB みたいな。
まぁ昔で言う『特高』ってやつ?
単にヒットマンってことじゃなく、ね。
自分でも考えすぎかしら?と思ったりするけれど、
『頭のおかしな男』がやったと思うより、
『厚労省に恨みのある男』がやったと思うより、
『政治的思想がある男』がやったと思うより、
どれより『政府工作員』がやったと思うほうが辻褄が合っちゃう気がするんだよ。

ん~…
T・クランシーとかフォーサイスとかR・ラドラムとかの小説読みすぎ?(笑)

ま、とにもかくにも…
マスコミには是非真実を追究して欲しいものだ。
少なくとも、疑問の提示くらいはして欲しいし、立ち消えもやだな。

(ブログも含め)公共の場で政治と宗教は語るべきじゃない、というのが私の持論に、今日はちょっとだけ反してみた。
賛否両論あるでしょうが、それも致し方なし。だね。きっと。

つーか…
今日から12月だということのほうが、私にとっては重要かも。
1年早すぎ。(´・◇・`)

| | コメント (0)

2008年11月28日 (金)

逡巡

もう…何だかんだと10年くらいになるのだろうか。
毎年友人宅で12月の第一土曜日に忘年会がある。
そして、何だかんだと毎年参加してきた。

先日『今年も12月6日にやるよー』というメールが来た。
もう一週間以上前のことだが、実はまだ返信をしていない。
というのも行くかどうか決めかねているからだ。
正直言うと、行きたくない。
(そのあたりの事情は2007年の12月初旬の日記を参照)
が、他の友人達との折り合いが悪くなるのは避けたいし…
と思うと、イヤでも参加しておくべきか?と考えてしまう。
行ったところで、不快に感じたなら後悔するんだろうし。
…と、考えは行ったりきたり。
花占いでもやろうものなら、畑いっぱいのガーベラを使っても足りないだろう。
それくらい迷っている。

明日は忘年会の一週間前になる。
そろそろ答えをだすべきなんだよなぁ。
わかっちゃいるんだけど。
幸い、ライターのお仕事復活の兆しで、忙しいっぽい。
且つ、平日のバイトも入れている。
且つ、体調が超絶不調。
…そしてなにより、自分が気乗りしない。
これらを考えると、欠席…となりそうな気がするんだけど。
それでもグズグズ考えてしまう。
ほんっとに優柔不断だわ~^^;

それでも、こうして文字にしていると、だんだん気持ちが定まって行くから不思議。
うん、今回は欠席っつーことにしよう。
うん、それがいい。
それでもしご縁が途切れたら…それはその程度のご縁だったってことだ。うん。

ただちょっと惜しむらくは…他に忘年会の予定がないことかな。
やれやれ。

| | コメント (0)

2008年11月24日 (月)

『デスレース』の試写会に行ってきました。が…ウーム

先日、試写会に当たったので行ってきました。
作品は今週末公開の『デスレース』。
正直、普通に考えたら私がお金を払って見に行こうとは思わないタイプ。
でもまぁ…試写会だからね。タダだからね(笑)
どうせ当たりっこないだろうと思ってたら当たったからビックリ。

まぁ、正直映画は思ったより楽しめた。
もちろん自分でお金払ってまで見に行こうとは思わないってのは変わらないけど、
たまにはこういうのもアリかな、と。

で、『デスレース』ってどんな映画よ? って人は… コチラ(公式HP)

映画の感想は置いといて…

映画の前と後に「なんだよ、それっ!」といいたくなるような出来事が。

まず映画の前。

試写会の1週間くらい前に当選の通知がメールで来ました。
試写状を送りたいので、住所を知らせろ、と。
もちろんすぐに知らせたさ。
先方は『速達で送りますので、日曜日にはお手元に届く予定です』と書いてきた。
(ちなみに試写会は月曜日)
で。
実際は金曜日くらいに届いたようなんだけれど、
ポストに入ってなくて、いわゆる『不在通知』みたいなのが入ってた。
ん?? 単なる速達だったら普通はポストに入ってるよねぇ。
どういうことかと首を傾げつつ、他に思い当たるものもないので、きっとその不在中に届いたものが試写状であろうと推測した。
結局仕事だの何だので当日まで取りに行けず。
当日も職場から試写会場までなら30分位で着くはずなのに…
会場とは全く違う方向の郵便局の本局へ行って郵便物を受け取ってから行くことに。

何とか間に合いそうな時間に局へ着き、郵便物を受け取ってビックリ。
だって…大きさは思いっきりB4サイズの封筒。
しかも差出人が書いていない。
これってどうよ??
中にはB4のプレスシート(写真満載で豪華!)とハガキ大の試写状が入ってた。
この大きさのせいでポストに入らず、配達の人が持ち帰ってしまったのだ。
速達なのに…意味ないじゃん!
プレスシートさ…そりゃもらったら嬉しいけど、肝心の試写状が手元にないんじゃ話にならないよ。
とりあえず試写状だけ送ってくれればよかったのに…と思えて仕方ない。
ま、試写に間に合ってよかったけどさ。
それにしたって、差出人の名前くらい書いてほしいぜ。
特定できないってのなら『デスレース試写状在中』とか『デスレース試写会担当』とかって書いてくれればよかったのに。
そうすれば不在通知が試写会関係だってすぐわかったのに。


んで、途中で眠りこけることもなく映画を観終わって…
スタッフさんが「アンケートおねがいしまーす」なんてやってた。
試写だものねぇ。タダだったんだものねぇ。
アンケートくらい答えなきゃ悪いかな。
そう思ってアンケート書き込み用の机のところでちゃんと書いた。
書き終わって、ピッと二つ折りにしてスタッフに渡そうとしたところで気づいた。
そのスタッフ、二つ折りで渡されたアンケートもご丁寧に大きく広げ、書いてある面を上にして集めているじゃん。
えぇぇぇ・・・。
それってどうよ!?(´・◇・`)
折ったまま集めるとか、裏返しにして持つという配慮はないのだろうか?
そりゃないぜ!と思ったので、そのスタッフさんに言ってみた。
「え、アンケートってすぐその場で広げて回収なんですか?」って。
言われたスタッフはすぐにマズイと思ったようで、
「え、あ…それじゃあ…」
モゴモゴ言いながら、自分の手元のしっかり表向きになったアンケート用紙を伏せるような仕草をしたけど…もう遅いですって^^;
出そうとしたアンケート用紙を引っ込め
「悪いけど、それならいいです。出さないです」
と言って、その場を後にした。

小うるさいヤツだと思われるかもしれないけれど…
やっぱりこういうことって大切だと思うわけ。
その場で自分の感想をしっかり見られるのもあんまり気持ちのいいもんじゃない。
『目の前のコノヒト』がどんな感想を持ったか、を見られるのかと思うと、すごくイヤ。
もちろん気にしない、気にならない人もいるだろうけど、残念ながら気になっちゃう人もいるのだ。
回収するスタッフにしたって、どの人がどんな感想を書いたかが気にならない人もいるだろうし、気になる人もいるだろう。
気にならない人同士ならどうってことない話だけれど、どちらかが気になっちゃうのだとしたら…そこはやっぱり『気にならないような配慮』をすべきだと思うのだ。

映画自体に罪はないのだけれど、前と後にミソついちゃうと…損だよね。
作品のせいじゃないのに、印象が悪くなる。
しかも前も後もどちらも、その試写会のスタッフの意識とかの問題。
作品の評価と自分たちの仕事の出来不出来は関係ないと思ってるのかなぁ。

そして何よりイライラしているのは、
こんな出来事に対して苦情を呈する場所がわからないこと。

あ。
そのアンケートの集め方もどうなのさ!? とアンケートに書いて(もちろんその場で読まれること覚悟で)出してくればよかったのか?

…それもなんだかねぇ。

どうも試写会に行くたびにそういうことばかり気になって仕方がない。
でもまた応募しちゃうんだよね、きっと(笑)

あ、とりあえず『デスレース』はそれなりに面白かったよ。
この作品の性質上、あまり前の方で見るのはオススメしません。
できれば劇場の真ん中より後ろでどうぞ^^

| | コメント (0)

2008年11月10日 (月)

「おはよう」しかも“ございます”付き。

何だかんだ言って、それなりに毎日お仕事に勤しんでいるぺんです(・◇・)ノ

いちおバイトだし、毎月勤務可能な日時を提出してシフトが組まれているんだけれど、
どうしても勤務日時は偏りがち。
出勤時間は8割がた、8:45からの勤務。
3分前までにタイムレコーダ押す(と言っても、今どきっぽくIDカードなんだけど)ので、8:35前後に出社することが多いです。
朝はどうしても慌しいので、ついついバスに乗ってしまいます。
歩けない距離じゃないのに^^;
家からバス停まで10分程度。
その途中に小学校がある。
なにしろ8:40分位までに出社するわけで…ってことは8:21のバスに乗りたいわけで…ってことは小学校のあたりを通るのは8:15くらいだったりする。
ちょうど小学生の登校時間。
正直、歩道いっぱいに広がって歩いている子供たちに遭遇したりすると、オバさんゴコロがウズウズと湧いてきて、
「おらっ! 横に広がって歩くんじゃねぇっ! 他の人たちが通れるだけの余裕を持て!」
とか言いたくなる。

今日もちょうど8:15ごろ小学校の近くを歩いていた。
校門まであと数十メートルというところで、後ろから駆け足の足音が聞こえてきた。
あぁ、バタバタ走ってくる子供がいるんだなぁと思い、歩道の左側に寄った。
走ってきた子が私を追い抜けるように。

と、案の定小学校4~5年生の男の子が後方から走って来て、私を抜いた。
で。
その小学生男子は私を抜く瞬簡にしっかりとこちらを見て、
「おはようございます!」と言った。
さすがに予期していなかったので、半ば戸惑った声で
「おはよう…」と返事をした。

びっくりした。
知らない子である。
その子から「おはようございます」と挨拶された。
“おはよう”じゃなく“おはようございます”だ。
私を誰か・・・たとえばその学校の先生?…とかと間違えたのか?
いや、それはなさそうだ。特に根拠はないけれど、毎日当番(らしき)先生が校門のところで生徒達を出迎えていることを考えると、先生が出勤する時間としては遅すぎだし。

あまりに不意を突かれてしまったので、イマイチはっきりした挨拶にはならなかったものの、とりあえず返答できてよかった。
その男の子が私の挨拶をどう思ったのかは全くわからないけれど、声も出せずにいるよりは数100倍マシだったろう。
とは思うものの、やはりちょっと後悔があった。
だって想定の範囲外だったんだもん。
急なことだったんだもん。

でもさ、それも結局言い訳なんだよね。
知らない人から挨拶されるとは思わなかった…って、自分が想像も想定もしていなかったってことでしょ?
それは自分以外の全ての人々に対して失礼な話だと思うわけ。
もちろんそれは後になって、その後味の悪さを分析したときに出てきた結果でしかないのだけれど。
『知らない人が自分に挨拶するはずがない』と思いこんでいた。
それは人に対して失礼だよね。
逆を返せば、人は知らない人には挨拶をしないものだと決め込んでいた自分がいたわけだ。
ということは、自分自身、知らない人に挨拶をする気もなかったということになるわけで。
ダメだよね、これは。

あれから12時間以上が経つけれど、あの小学生の男の子がどうして私に挨拶をしてくれたのかはわからないまま。
この先も何か余程のキッカケがない限り、わからないままなのだろうけど…。
いつでも当たり前に挨拶をできる自分になりたいと思った瞬間なのでした。
彼自身、大した意味を感じてやっていたことではないのかも知れないけれど、だからこそ心から出た言葉なのだと思いたい。
捨てたもんじゃないじゃん、ニッポン。
まだまだいろんな可能性あるじゃん、ニッポン。

もしも…万が一、億が一、あの少年に「おはよう」と言われたら、鳩が豆鉄砲食らったような顔をせずに、あかるく当たり前のように「おはよう」と返したい。
とびっきり明るい声で、めっちゃ笑顔で。

それにしても…
あの少年の親の顔が見てみたい。
もちろん良い意味で。

| | コメント (0)

2008年11月 8日 (土)

need

今日の朝のトップニュースは筑紫哲也さんの訃報。

このところ、やけに訃報を多く目にするような気がする。
…と思ったが、それは私がそれだけ年を重ねたってことなんだろう。
だって子供の頃は大人…それもある程度の年齢に至った人のことなんで殆ど知らないんだもん。訃報を目にしたとしても、記憶に引っかかりもしなかったのだろう。
それなりに、ン十年生きてくれば子供のころからの記憶が蓄積される。
その記憶の彼方の人々が表立った活躍をしなくなっても、亡くなればニュースになる。
そしてそれを見て記憶の倉庫をひっくり返して、その人の記憶が蘇る。
一番活躍していた頃の故人を思い出すわけだから、訃報だってその悲しさや空しさが増そうというものだ。
しかも私が子供の頃(あるいはその少し前)から、テレビが飛躍的に各家庭に広まったはず。
皇太子(現天皇)陛下のご成婚やら、東京オリンピック、大阪万博…それに伴う高度経済成長期。うちにカラーの家具調テレビがやってきたのも70年代だったし。
そのころ20代~40代でブラウン管を賑わせていた人々が、今50代後半~70代になってるわけだもの。訃報だって多く感じられるはずだ。

先月亡くなった緒形拳さんもショックだったし、テレビドラマでよく見ていた峰岸徹さんの訃報もビックリした。
2人ともつい最近までドラマでよく見てたよねぇ?
緒形拳さんなんて、最後の出演作品が放映中だったりもするし。

今日訃報に接した筑紫哲也さんもそう。
つい最近までテレビで見てた気がするんだけど?
もちろん癌であることは知っていたけれど、テレビに出ているくらいだから、全快はしないまでも、順調に治療が進んでいるものとばかり思っていた。
一部報道によると、全身に転移していたとか。
もちろん私は癌の経験はない。
かつて膵臓炎を患ったことがあったけれど、治療しながら舞台の稽古をするのはしんどかった。20代前半の若さだったのに。
体調がすぐれないと、痛みも増した。キツかった。
それなのに…癌なのにお仕事??
どんな癌でどこがどれだけ痛むものなのか、治療がきついものなのかはよく知らないけれど、並大抵のことではなかったのだろうと思う。

筑紫さんが亡くなったことについて、街角で様々な人にインタビューをしていた。
筑紫さんのことはメディアを通してしか知らない、街の人々に、だ。
歯に衣着せぬ発言が多い人だったから、あまり快く思っていない人もいるだろう。
だが、もちろん極悪人だったわけでもないし、死者に鞭打つようなことを言うような人がいないのは当たり前。
それでもマイクを向けられた人々は、誰もが表面的ではなく、心から残念がっているように見えた。
「彼のような人が必要なのに」・・・そう言った男性もいた。
すごいな。
もしも今私が死んだら?
そりゃ知人・友人は涙を流してくれるかもしれない。
それは、私もそうだから。
少しでも知っている人が亡くなったら、驚きもするし、涙することだろう。
でも「必要」って言葉はなかなか出てこないような気がする。
必要とされている中で旅立つって、やろうと思ってもできないことだ。
正直、私は筑紫さんに大した興味があったわけでも、ましてや尊敬していたわけでもなかったけれど、この言葉は衝撃に近いものがあった。
「彼のような人が必要なのに」
“だったのに”ではない。現在形。

そうだよね。
世界に渦巻く金融不安。オバマ次期大統領の誕生。
筑紫さんの口からはどんな言葉が出てくるんだろう?
想像したけど…きっと私が想像するような簡便な言葉じゃないのだろう。
「そうなんだ~ なるほど」だったり「えぇっ!? そうなの!?」
なんて思うようなあれこれだったのかな。
筑紫さん自身が、今語りたいことがあるかもしれないね。
彼の言うことが正しいのか否かは現在も過去のこともよくわからないけれど、
聞いてみたい気がする。
そう思うと、やっぱり今日のこの訃報は残念だ。

最後になったけれど、
筑紫哲也さんのご冥福をお祈りいたします…(-∧-)

| | コメント (0)

«遅れて届いた小包。